中野区立保育園非常勤保育士解雇事件
東京地方裁判所判決要旨
【事件名】平成16年(ワ)第5565号 地位確認等請求事件
【判決日】平成18年6月8日 1:10(710号)
【当事者】原告 斉藤章子ほか3名
被告 中野区
【裁判官】裁判長 中西 茂 裁判官 本多幸嗣(裁判官森富義明は転出のため、裁判官蓮井俊治立会)
【主文】1 被告は、原告ら各自に対し、40万円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その1を被告の、その余を原告らの負担とする。
【判決要旨】
第1 事案の概要
本件は、平成16年3月31日まで、被告の非常勤保育士として稼動していた原告らが、被告が同年4月1日に原告らを再任用しなかったことは、解雇権を濫用したものであり無効であるなどとして、非常勤職員の地位の確認と賃金請求をするとともに、再任用にたいする期待権の侵害を理由として慰謝料各100万円の損害賠償を請求した事案である。
第2 争点 1 原告らを再任用しなかったことが、解雇権濫用法理の類推適用や不当労働行為により無効であり、原告らが非常勤保育士としての地位を有するといえるか
2 被告が原告らを再任用しなかったことが、原告らの期待権を侵害したか
第3 裁判所の判断
1 争点1について
(1)被告の非常勤保育士は、地方公務員法3条3項3号に定める「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職」に当たる特別職であり、任用権者による任用行為により勤務関係が成立すると理解されている。原告らも、非常勤保育士の地位を取得する際には、毎回、任命権者である中野区長による任用行為があり、任用期間を当該年度の4月1日から翌年の3月31日までとする発令通知書が交付されていたのであり、原告らと被告の非常勤保育士の地位や労働条件に関しては、被告の任用権者や採用担当者が自由な判断をして労働条件を決定することはできないし、非常勤保育士への採用を希望する者が被告の任用権者や採用担当者と交渉をして労働条件を決定するような余地もない。原告らの地位に関する原告らと被告との関係は、私法上の雇用関係とは異なることは明らかであり、原告らの任用関係は公法上の任用関係であったというほかない。
(2)原告らの地位は任用行為の内容によってのみ決定されるものであるから、期間を1年間として任用されている以上、原告らが再任用を請求する権利を有することはなく、被告が原告らを再任用しなかったことについて、解雇であれば解雇権の濫用や不当労働行為に該当して解雇無効とされるような事情があったとしても、解雇に関する法理が類推され、原告らが再任用されたのと同様の地位を有することになると解する余地はない。
(3)以上によれば、原告らは、いずれも平成16年3月31日を持って、被告の非常勤職員としての地位を失っているから、その地位確認及び平成16年4月以降の報酬の支払いを求める原告らの請求は理由がない。
2 争点2について
(1)原告らは任用期間を1年間として任用された特別職の非常勤職員であり、その任期終了とともに、その地位を失うものであって、その場合、その場合、原告らが再任用を請求する権利を有しているとはいえないことは前記のとおりである。そして、証拠によれば、原告らが、非常勤保育士の任用は、制度上は、期間の限定があるとされていることを認識していたことは明らかである。また、原告らが従事していた非常勤保育士の職務は、勤務日数や給与等の労働条件が、一般職の保育士とは全く異なっていることが明らかであり、原告らが非常勤保育士の地位を一般職の保育士と全く同様の地位にあると認識していたとも考えられない。
(2)しかし、原告らの任用の際には、「定年はない。」などと長時間の稼動に対する期待を抱かせる説明がされ、その後の再任用手続きも、本人の意思を明示的に確認しないでの再任用が常態化していたことに照らせば、その任用に制度上は期間の限定があるとされていることを認識していたとしても、自ら退職希望を出さない限り、当然に再任用されるとの期待を原告らが抱くのはごく自然なことである。
そして、原告らは、いずれも、勤務時間こそ、常勤の保育士と異なっていたものの、職務内容自体は、本来一般職である常勤の保育士が担当するべき職務に従事していたこと、「非常勤」の保育士といっても、その職務の必要性は一時的なものではなく、職務の性質上、短期間の職務ではなく、継続性が求められること、前記のような状態での再任用が、原告斉藤及び同福家において11回、同岩下において10回、同宍戸において9回にも及んでいること等の事情を考慮すれば、前記の原告らの期待は法的保護に値する。
これに対し、被告は、平成15年度の任期が満了する直前まで、被告の正式な方針を直接原告らに伝えていないなど、原告らの前記期待を解消するに足る措置をとったともいえない。
以上のとおり、原告らが再任用されるとの期待は、法的保護に値するというべきである。ところが、被告は原告らを再任用せず、原告らの上記期待権を侵害したのであるから、被告は、原告らに対して、その期待権を侵害したことによる損害を賠償する義務を負うべきである。
(3)原告らが再任用されるとの期待権を侵害されたことによる損害は、この期待権が原告らの生活基盤に直接かつ密接に関連するものであり、被告が原告らを際任用しないことが原告らの生活設計に与えた影響は大きいと考えられること、その他一切の事情を考慮すると、原告ら1人につき40万円と認めるのが相当である。
(4)以上のとおりであるから、被告は、原告ら各自に対し、40万円及びこれに対する不法行為の日である平成16年4月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払う義務を負う。
中野区立保育園非常勤保育士解雇事件
東京地方裁判所判決に対する声明
2006年6月8日
中野区立保育園非常勤保育士解雇事件原告団
中野区立保育園非常勤保育士解雇事件弁護団
1、中野区立保育園に勤務していた非常勤保育士28名が、2004年3月末をもって解雇され、うち4名が解雇無効による地位確認、及び賃金と慰謝料の支払いを求めていた事件について、平成18年6月8日、東京地方裁判所民事19部(裁判長 中西茂、裁判官森富義明、裁判官本多幸嗣)は、原告らの訴えを一部認め、被告中野区にたいし原告らは各人に各40万円の慰謝料を支払う旨の判決を下した。
2、原告らは1993年に公務員への週休2日制導入に伴い、保育士の人員不足を解消するために採用され、毎年契約更新が繰り返され、長いもので11年9ヵ月、短いものでも9年2カ月にわたり中野区立保育園で非常勤保育士として働いてきた。原告らは乳児保育、障害児保育など熟練を要する仕事を任されてきたし、土曜日保育では、様々な年齢・家庭環境の子どもをあずかり、中心的な役割を果たしてきた。しかし、バブル崩壊後、自治体リストラの嵐の中で、区立保育園の民営化が進行し、2003年9月地方自治法改正により指定管理者制度が導入され、民間企業等への委託が認められるや、その直後に中野区は区立保育園32園中2園について指定管理者制度による民間委託を決定した。2004年3月末には、民間委託される2園以外に勤務していた非常勤保育士28名全員を解雇(雇い止め)にしたのである。これに対して、原告ら4名が解雇無効による地位確認と2004年4月以降の賃金及び期待権侵害による慰謝料を求めたのが本件である。
3、判決は以下の通り、判決を下した。 @本件解雇は必要しえも合理性もない解雇であって、解雇権の濫用であり違法であるという点について。判決は原告らと中野区の法律関係は、私法上の雇用関係ではなく、公法上の任用関係であり、原告らの地位は任用行為の内容で決定されるのであるから、期間1年として任用された以上、再任用を請求する権利はなく解雇権濫用の法理の適用はない。 A本件解雇が期待権を侵害したという点について。判決は証拠を詳細に検討し、任用の際に「定年はない」という説明をしたこと、再任用手続きにも本人の意思確認をしないで再任用が常態化していたこと、原告らの職務内容は、常勤保育士と同じで専門性にある継続的職務であったこと、任期満了直前まで中野区の方針が伝えられていないなど事実を認定し、「このような事態を招いた原因はもっぱら被告にある」と厳しく中野区の姿勢を批判し、原告らの再任用への期待は法的保護に値し、その侵害は原告1人につき40万円とした。
4、本判決は、長年にわたり働き続きたのに、突然の方針転換で非常勤保育士全員の解雇をしたことに、慰謝料請求も認め、労働者の安易な使い捨ては許されないという裁判所の厳しい姿勢を改めて示したものである。しかし一方で、裁判所が「任用行為である」という形式的な理由のみで、解雇の違法性を看過したことは、到底容認できない。最近,国家公務員の非常勤職員に対する再任用拒否が、信義則違反であるとして無効とされた事例(東京地裁民事39部・平成18年3月24日 国立情報研究所事件)があり、この流れに沿えば、本件解雇は違法無効とすべきであった。公立保育園の廃園民営化について、これを違法とし、保護者らに慰謝料請求を認めた事例が続いている(大阪高裁・平成18年4月20日 横浜地裁・平成18年5月22日)。本件判決にも見られるように、公共サービスの安易な民間委託や、労働者の使い捨ては、司法から厳しく批判されているのである。本判決に見られるように、本件解雇の違法性は明らかである。中野区はこれを認め、原告らを直ちに復職させるべきである。私たちは、解雇無効の判決を求め控訴するものである。